週報(主の御手)LORD'S HANDS

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LORD'S HANDS

25.06.22 確かな預言のみことば


 
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2025.06.22週報.pdf
 
「Ⅱペテロ1:19 また私たちは、さらに確かな預言のみことばを持っています。夜が明けて、明けの明星があなたがたの心に昇るまでは、暗い所を照らすともしびとして、それに目を留めているとよいのです。」
 

預言のみことばを持っている

 ペテロは変貌の山で、イエス様が再臨の時、栄光の御姿で来られるその光景を垣間見る経験をしました。それは、イエス様がペテロに「わたしはこのようにして来るんだよ」ということを示してくださったことでした。彼は、旧約聖書の預言者たちによって語られていた「救い主は、世の終わりの時、再びこの地上に来られる」というその光景を見たことで、「預言のみことばは必ず実現するのだ」というさらなる確信が与えられました。
 

預言のみことばは必ず実現する

 「預言」は、将来のことを予想して言い当てる「予言」ではなく、神のことばを預かって民に伝えるという意味です。「預言のみことば」とは、旧約聖書のことです。旧約聖書に書いてあることを一言で言うと、「あなたのために救い主が来られますよ」という約束が書いてあり、新約聖書は、「救い主が来られるという約束が、イエス・キリストによって成就しました」ということが書いてあります。つまり、「『イエス・キリストは、あなたを救うためにこの地上に来てくださった。そして十字架にかかって死なれ、三日目に死からよみがえられた』ということばがその通り実現しました」と記されているのが聖書のことばです。
 預言者イザヤは、イエス・キリストが来られる700年も前に神から語られたことばを民に告げ知らせました。「彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、その打ち傷のゆえに、私たちは癒やされた。(イザヤ53:5)」と語られました。その預言は、「私たちのために救い主が来られる、そのお方はイエス・キリストである、この方によってこの世は罪から救われる」という預言でした。
 

必ず実現すると信じているだろうか

 「預言のみことばを持っている」とは、預言のみことばをただ聞いて知っているということではありません。自分の考えを挟まず、何の疑いもなく必ずその通りになると本気で信じることです。アブラハムは、子どもが与えられるとはまったく思えない、「望み得ない時に望みを抱いて信じ(ローマ4:18)」ました。主が語られた「あなたの子孫は、このようになる(同18節)」と言われていた通り、アブラハムから多くの子孫が増え広がりました。私たちは今、望み得ない状況の中で、「主が語られたことばは必ず実現する」と本気で信じられるでしょうか。「体調が悪い」と感じる中で、「『彼の打ち傷のゆえに私たちは癒やされた』という預言のみことばが今私の身に起こる、実現するんだ」と信じることができるでしょうか。私たちがいやされるのは、「キリストは、私のこの病、痛み、苦しみ、わずらいのすべてを担ってくださったので、私はその打ち傷のゆえに今いやされます」と、主が私たちにしてくださったことを信じる信仰によってであることを信じます。
 

みことばを素直に受け入れることが幸い

 ヤコブ書には、「心に植えつけられたみことばを素直に受け入れなさい。みことばは、あなたがたのたましいを救うことができます。(ヤコブ1:21)」とありますが、私たちは確かな預言のみことばによって、たましいが救われ、主にある喜びと平安で満たされることを信じます。(岩下 栄作)
 


 

礼拝堂のLED照明

 礼拝堂天井にあるステージを照らすLED照明の、照射の向き、角度が変わりました。これまで14基並んでいる照明の中で、講壇を照らす照明が中央部分にありましたので、講壇に立つととてもまぶしく感じる状態でした。今回、一番外側両サイドから講壇を照らすように変わりました。また、照明の高さも以前よりも20センチほど上に移動しました。それによって、ステージ側から礼拝堂全体の様子がよく見えるようになりました。また、クリスマスの時に、増設ステージを置いた際のピアノやドラム、ソロやMCをスポットで照らすことができるようにも調整されました。

25.06.22 確かな預言のみことば
 


 
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「Ⅱペテロ1:19 また私たちは、さらに確かな預言のみことばを持っています。夜が明けて、明けの明星があなたがたの心に昇るまでは、暗い所を照らすともしびとして、それに目を留めているとよいのです。」
 

預言のみことばを持っている

 ペテロは変貌の山で、イエス様が再臨の時、栄光の御姿で来られるその光景を垣間見る経験をしました。それは、イエス様がペテロに「わたしはこのようにして来るんだよ」ということを示してくださったことでした。彼は、旧約聖書の預言者たちによって語られていた「救い主は、世の終わりの時、再びこの地上に来られる」というその光景を見たことで、「預言のみことばは必ず実現するのだ」というさらなる確信が与えられました。
 

預言のみことばは必ず実現する

 「預言」は、将来のことを予想して言い当てる「予言」ではなく、神のことばを預かって民に伝えるという意味です。「預言のみことば」とは、旧約聖書のことです。旧約聖書に書いてあることを一言で言うと、「あなたのために救い主が来られますよ」という約束が書いてあり、新約聖書は、「救い主が来られるという約束が、イエス・キリストによって成就しました」ということが書いてあります。つまり、「『イエス・キリストは、あなたを救うためにこの地上に来てくださった。そして十字架にかかって死なれ、三日目に死からよみがえられた』ということばがその通り実現しました」と記されているのが聖書のことばです。
 預言者イザヤは、イエス・キリストが来られる700年も前に神から語られたことばを民に告げ知らせました。「彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、その打ち傷のゆえに、私たちは癒やされた。(イザヤ53:5)」と語られました。その預言は、「私たちのために救い主が来られる、そのお方はイエス・キリストである、この方によってこの世は罪から救われる」という預言でした。
 

必ず実現すると信じているだろうか

 「預言のみことばを持っている」とは、預言のみことばをただ聞いて知っているということではありません。自分の考えを挟まず、何の疑いもなく必ずその通りになると本気で信じることです。アブラハムは、子どもが与えられるとはまったく思えない、「望み得ない時に望みを抱いて信じ(ローマ4:18)」ました。主が語られた「あなたの子孫は、このようになる(同18節)」と言われていた通り、アブラハムから多くの子孫が増え広がりました。私たちは今、望み得ない状況の中で、「主が語られたことばは必ず実現する」と本気で信じられるでしょうか。「体調が悪い」と感じる中で、「『彼の打ち傷のゆえに私たちは癒やされた』という預言のみことばが今私の身に起こる、実現するんだ」と信じることができるでしょうか。私たちがいやされるのは、「キリストは、私のこの病、痛み、苦しみ、わずらいのすべてを担ってくださったので、私はその打ち傷のゆえに今いやされます」と、主が私たちにしてくださったことを信じる信仰によってであることを信じます。
 

みことばを素直に受け入れることが幸い

 ヤコブ書には、「心に植えつけられたみことばを素直に受け入れなさい。みことばは、あなたがたのたましいを救うことができます。(ヤコブ1:21)」とありますが、私たちは確かな預言のみことばによって、たましいが救われ、主にある喜びと平安で満たされることを信じます。(岩下 栄作)
 


 

礼拝堂のLED照明

 礼拝堂天井にあるステージを照らすLED照明の、照射の向き、角度が変わりました。これまで14基並んでいる照明の中で、講壇を照らす照明が中央部分にありましたので、講壇に立つととてもまぶしく感じる状態でした。今回、一番外側両サイドから講壇を照らすように変わりました。また、照明の高さも以前よりも20センチほど上に移動しました。それによって、ステージ側から礼拝堂全体の様子がよく見えるようになりました。また、クリスマスの時に、増設ステージを置いた際のピアノやドラム、ソロやMCをスポットで照らすことができるようにも調整されました。