25.05.04 十人の娘たち

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2025.05.04週報.pdf
「マタイ25:3-4 愚かな娘たちは、ともしびは持っていたが、油を持って来ていなかった。賢い娘たちは自分のともしびと一緒に、入れ物に油を入れて持っていた。」
エンスト
昔、仕事に子育てにとあわただしく生活していた頃、車にガソリンを補充するのをすっかり忘れていたことがありました。赤信号で止まっていたら、突然エンジンがストップし、「どうしよう」とあわててしまいました。ハザードランプを点けて、ガソリンスタンドに電話してガソリンを届けてもらい、なんとか切り抜けましたが、それからは早めにガソリンを補充するようになりました。
ガソリンに限らず、日常生活では、スマホの充電、シャープペンシルの芯、調味料やラップ、トイレットペーパー、災害の備えなど、備えていないと、いざというときに、困ってしまうものがいろいろとあります。日頃から気をつけて備えておくことが大事です。
十人の娘たち
冒頭のみことばは、イエス様の「十人の娘たち」のたとえ話です。(マタイ25:1-13)ユダヤの文化では、婚礼は夕刻に行われました。花婿は友人とともに花嫁を迎えに行き、花嫁は付き添いの友人(ブライドメイド)とともに花婿を迎えます。そして彼らはみなで行進して、祝宴の場に向かいます。そのとき友人たちがともしびを灯すのです。たとえに出てくる「十人の娘たち」はこのブライドメイドのことです。
花婿がなかなか来ないので、娘たちはみな眠くなり、寝入ってしまいました。ところが夜中に、「さあ、花婿だ。迎えに出なさい(同6節)」と叫ぶ声がしました。彼女たちは起きて、ともしびを整えました。賢い娘たちはともしびと一緒に入れ物に油を持っていたので、行進に加わって祝宴に入ることができました。しかし、愚かな娘たちはともしびは持っていても、油を持っていませんでした。そこで買いに行っている間に、祝宴の戸は閉められてしまいました。
このたとえ話は、主の再臨への備えについて教えています。「花婿」はキリスト、「十人の娘たち」は個々の教会員または教会、「油」は聖霊、「祝宴」は再臨です。
御霊に導かれ続けなさい
ユダヤの文化では、婚礼の行進は何よりも優先される重要な儀式でしたので、ともしびが消えるということは、最大の無作法でした。愚かな娘たちは、キリストの再臨を待ち望む姿勢、心構えが足りなかったために、天の御国の祝宴から締め出されてしまう人々をあらわしています。
私たちはどのように再臨に備えればよいでしょうか。それは聖霊に導かれて証しの生活をすることです。つまり、注意深くみこころに従って歩む生活です。ともしびは、その芯が油に浸っている時に、あかりを輝かせることができます。同じように、聖霊によって新しくされた私たちは、聖霊に満たされることによって新しくされ続けなければなりません。「御霊を消してはいけません。(Ⅰテサロニケ5:19)」。
目を覚ましていなさい
私たちは、苦しみのときには必死に主にすがりますが、一旦そこから抜け出して順調になってくると、すがることも感謝も忘れてしまいがちな弱い者です。気づかないうちに少しずつ、この世的な生活に引き戻されているということはないでしょうか。主の再臨に備えて、私たちの心の思いを、何よりもイエス・キリストに向けていきましょう。そして、人々の救いのために用いられて参りましょう。「ですから、目を覚ましていなさい。その日、その時をあなたがたは知らないのですから。(同13節)」。(鈴木千史)
オイコス休暇感謝
先週からオイコス休暇が始まっています。4/29(火)はリトリートハウス
で一日のんびりと自由に過ごしました。開始礼拝では、詩篇42篇1-4節から、主がともにおられることを感謝して、喜びと笑顔を持って交わりをしよう、と語られました。参加者は運動場いっぱいに広がって、モルックやソフトボールなどを楽しんでいました。
5/3(土)は、半田市に観光に出かけました。新美南吉記念館では、「ごんぎつね」などの名作が生み出された背景を深く学ぶことができました。
ミツカンミュージアムでは、酢の醸造や流通の歴史を、ガイドさんの説明や体験で楽しく学びました。周辺の町並みの散策も楽しみました。
オイコス休暇三日目の今日は、映画の上映があります。ぜひご一緒に、主にある休暇をのんびりと過ごしましょう。


25.05.04 十人の娘たち

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「マタイ25:3-4 愚かな娘たちは、ともしびは持っていたが、油を持って来ていなかった。賢い娘たちは自分のともしびと一緒に、入れ物に油を入れて持っていた。」
エンスト
昔、仕事に子育てにとあわただしく生活していた頃、車にガソリンを補充するのをすっかり忘れていたことがありました。赤信号で止まっていたら、突然エンジンがストップし、「どうしよう」とあわててしまいました。ハザードランプを点けて、ガソリンスタンドに電話してガソリンを届けてもらい、なんとか切り抜けましたが、それからは早めにガソリンを補充するようになりました。
ガソリンに限らず、日常生活では、スマホの充電、シャープペンシルの芯、調味料やラップ、トイレットペーパー、災害の備えなど、備えていないと、いざというときに、困ってしまうものがいろいろとあります。日頃から気をつけて備えておくことが大事です。
十人の娘たち
冒頭のみことばは、イエス様の「十人の娘たち」のたとえ話です。(マタイ25:1-13)ユダヤの文化では、婚礼は夕刻に行われました。花婿は友人とともに花嫁を迎えに行き、花嫁は付き添いの友人(ブライドメイド)とともに花婿を迎えます。そして彼らはみなで行進して、祝宴の場に向かいます。そのとき友人たちがともしびを灯すのです。たとえに出てくる「十人の娘たち」はこのブライドメイドのことです。
花婿がなかなか来ないので、娘たちはみな眠くなり、寝入ってしまいました。ところが夜中に、「さあ、花婿だ。迎えに出なさい(同6節)」と叫ぶ声がしました。彼女たちは起きて、ともしびを整えました。賢い娘たちはともしびと一緒に入れ物に油を持っていたので、行進に加わって祝宴に入ることができました。しかし、愚かな娘たちはともしびは持っていても、油を持っていませんでした。そこで買いに行っている間に、祝宴の戸は閉められてしまいました。
このたとえ話は、主の再臨への備えについて教えています。「花婿」はキリスト、「十人の娘たち」は個々の教会員または教会、「油」は聖霊、「祝宴」は再臨です。
御霊に導かれ続けなさい
ユダヤの文化では、婚礼の行進は何よりも優先される重要な儀式でしたので、ともしびが消えるということは、最大の無作法でした。愚かな娘たちは、キリストの再臨を待ち望む姿勢、心構えが足りなかったために、天の御国の祝宴から締め出されてしまう人々をあらわしています。
私たちはどのように再臨に備えればよいでしょうか。それは聖霊に導かれて証しの生活をすることです。つまり、注意深くみこころに従って歩む生活です。ともしびは、その芯が油に浸っている時に、あかりを輝かせることができます。同じように、聖霊によって新しくされた私たちは、聖霊に満たされることによって新しくされ続けなければなりません。「御霊を消してはいけません。(Ⅰテサロニケ5:19)」。
目を覚ましていなさい
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オイコス休暇感謝
先週からオイコス休暇が始まっています。4/29(火)はリトリートハウス
で一日のんびりと自由に過ごしました。開始礼拝では、詩篇42篇1-4節から、主がともにおられることを感謝して、喜びと笑顔を持って交わりをしよう、と語られました。参加者は運動場いっぱいに広がって、モルックやソフトボールなどを楽しんでいました。
5/3(土)は、半田市に観光に出かけました。新美南吉記念館では、「ごんぎつね」などの名作が生み出された背景を深く学ぶことができました。
ミツカンミュージアムでは、酢の醸造や流通の歴史を、ガイドさんの説明や体験で楽しく学びました。周辺の町並みの散策も楽しみました。
オイコス休暇三日目の今日は、映画の上映があります。ぜひご一緒に、主にある休暇をのんびりと過ごしましょう。

