週報(主の御手)LORD'S HANDS

週報(主の御手)
LORD'S HANDS

26.8.23 みことばを聞く


 
↓こちらをクリックすると週報全文を閲覧できます。
2026.8.23 週報.pdf
 
「ローマ10:17  ですから、信仰は聞くことから始まります。聞くことは、キリストについてのことばを通して実現するのです。」
 

聴力は最後まで残る

 先々週に行われた全国聖会には、多くの兄弟姉妹が参加され、賛美やメッセージや祈り、また交わりの中で、それぞれが神様からの恵みをいただいたことを感謝します。私が受けた恵みの一つは、メッセージで語られた癒やしの証しでした。講師の先生はある時、「余命わずかの若い患者のために祈ってほしい」と医師である信徒に頼まれて病院に行かれました。癌のためにやせ細り話すこともできない彼のそばで、師は癒やしのために祈り、福音を伝え、「信じるならば私の手を握ってください」と伝えるとかすかに握り返されたそうです。それから彼は奇跡的に回復し癒やされ、この奇跡を目の当たりにした病院のスタッフが大勢救われたということでした。証しの中で「聴力は最後まで残るんです」という師のことばが心に残りました。神様は一人でも多くの人が救われるように、死の直前まで福音を聞くことができるように備えてくださったに違いない、と主に感謝し、最後まで諦めないで癒やしを祈り福音を伝えよう、と信仰が励まされました。
 

信仰は聞くことから始まる

 聖書には、「信仰は聞くことから始まります」とあります。私たちも多くは、クリスチャンの友人や知人、また家族などから福音を聞いて救われました。私も28年ほど前に、中学時代の親友に久しぶりに会った時、とりとめのない話をしている中で教会の姉妹を紹介されて、その姉妹から福音を聞くことができました。神様の不思議な導きを感謝します。
 神様の願いは、人が「一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つ(ヨハネ3:16)」ことです。主はすべての人が福音を聞くことができるように、一人ひとりに救いのご計画をもって働いてくださっておられます。
 

みことばを聞くと信仰が励まされる

 ところで、福音を聞いて救われた私たちは、みことばを聞いて生きることができるようになりました。神様は礼拝のメッセージを聞く中で、また聖書を読む中で、一人ひとりにみことばで語ってくださいます。みことばを聞くと、私たちの心は励まされ、必ず前進する方向、希望を持つ方向に導かれます。「わたしの口から出るわたしのことばも、わたしのところに、空しく帰って来ることはない。それは、わたしが望むことを成し遂げ、わたしが言い送ったことを成功させる(イザヤ55:11)」と書いてある通りです。
 たとえば、経済の心配を抱えているときに、「明日のことまで心配しなくてよいのです(マタイ6:34)」と語られて、主に信頼することを思い起こし励まされます。病に苦しむ時に、「その打ち傷のゆえに、あなたがたは癒やされた(Ⅰペテロ2:24)」と語られて、癒やしを受け取ることができます。自分を侮辱する人を「逆に祝福しなさい(Ⅰペテロ3:9)」と語られて、罪から守られ、自分が祝福の恵みに与ることになります。みことばを聞き続けなければなりません。
 

いつもみことばを口ずさむ

 みことばを聞き続けるために、いつもみことばを口ずさんでいることが大切です。私たちは忘れやすい者ですが、いつもみことばを口ずさむことで、いつもみことばを聞くことができます。たとえば、みことばを暗唱しようとすると、何度も口に出して言い、聞くことになります。そのようにして主からの平安をいただいて参りましょう。(鈴木千史)
 


 

夏キャンプ感謝

 先週の木曜日から金曜日にかけて、2回目の夏キャンプが行われました。テーマは先回に引き続き「祝福し合おう」でした。今回は、毎日、参加者全員に「あなたを祝福します」と目を見て笑顔で伝えよう、と目標が与えられ、参加者は、プールや川で遊びながら、また日除けテントの下や部屋でかき氷や会話を楽しみながら、互いに「◯◯兄弟(姉妹)、祝福します」と祝福し合って過ごしました。そうして、自分自身が神様によって祝福され、人を愛する思いで心が満たされ、守られることを体験しました。
 また早天では、心を注ぎ出す祈りを教えられました。罪の思いも、腹が立つことも、すべて神様に言うならば、心が修正されて行くこと、また、それを声に出して祈る大切さを教えられました。参加者は、緑あざやかなフィールドの、思い思いの場所に椅子を持って行き、心を注ぎ出して祈りました。
 いつも主に心を注ぎ出して祈るならば、キャンプの楽しさは一時的なものではなく、この楽しさがずっと続く人生を生きることができると教えられました。キャンプの恵みを主に感謝します。

26.8.23 みことばを聞く
 


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「ローマ10:17  ですから、信仰は聞くことから始まります。聞くことは、キリストについてのことばを通して実現するのです。」
 

聴力は最後まで残る

 先々週に行われた全国聖会には、多くの兄弟姉妹が参加され、賛美やメッセージや祈り、また交わりの中で、それぞれが神様からの恵みをいただいたことを感謝します。私が受けた恵みの一つは、メッセージで語られた癒やしの証しでした。講師の先生はある時、「余命わずかの若い患者のために祈ってほしい」と医師である信徒に頼まれて病院に行かれました。癌のためにやせ細り話すこともできない彼のそばで、師は癒やしのために祈り、福音を伝え、「信じるならば私の手を握ってください」と伝えるとかすかに握り返されたそうです。それから彼は奇跡的に回復し癒やされ、この奇跡を目の当たりにした病院のスタッフが大勢救われたということでした。証しの中で「聴力は最後まで残るんです」という師のことばが心に残りました。神様は一人でも多くの人が救われるように、死の直前まで福音を聞くことができるように備えてくださったに違いない、と主に感謝し、最後まで諦めないで癒やしを祈り福音を伝えよう、と信仰が励まされました。
 

信仰は聞くことから始まる

 聖書には、「信仰は聞くことから始まります」とあります。私たちも多くは、クリスチャンの友人や知人、また家族などから福音を聞いて救われました。私も28年ほど前に、中学時代の親友に久しぶりに会った時、とりとめのない話をしている中で教会の姉妹を紹介されて、その姉妹から福音を聞くことができました。神様の不思議な導きを感謝します。
 神様の願いは、人が「一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つ(ヨハネ3:16)」ことです。主はすべての人が福音を聞くことができるように、一人ひとりに救いのご計画をもって働いてくださっておられます。
 

みことばを聞くと信仰が励まされる

 ところで、福音を聞いて救われた私たちは、みことばを聞いて生きることができるようになりました。神様は礼拝のメッセージを聞く中で、また聖書を読む中で、一人ひとりにみことばで語ってくださいます。みことばを聞くと、私たちの心は励まされ、必ず前進する方向、希望を持つ方向に導かれます。「わたしの口から出るわたしのことばも、わたしのところに、空しく帰って来ることはない。それは、わたしが望むことを成し遂げ、わたしが言い送ったことを成功させる(イザヤ55:11)」と書いてある通りです。
 たとえば、経済の心配を抱えているときに、「明日のことまで心配しなくてよいのです(マタイ6:34)」と語られて、主に信頼することを思い起こし励まされます。病に苦しむ時に、「その打ち傷のゆえに、あなたがたは癒やされた(Ⅰペテロ2:24)」と語られて、癒やしを受け取ることができます。自分を侮辱する人を「逆に祝福しなさい(Ⅰペテロ3:9)」と語られて、罪から守られ、自分が祝福の恵みに与ることになります。みことばを聞き続けなければなりません。
 

いつもみことばを口ずさむ

 みことばを聞き続けるために、いつもみことばを口ずさんでいることが大切です。私たちは忘れやすい者ですが、いつもみことばを口ずさむことで、いつもみことばを聞くことができます。たとえば、みことばを暗唱しようとすると、何度も口に出して言い、聞くことになります。そのようにして主からの平安をいただいて参りましょう。(鈴木千史)
 


 

夏キャンプ感謝

 先週の木曜日から金曜日にかけて、2回目の夏キャンプが行われました。テーマは先回に引き続き「祝福し合おう」でした。今回は、毎日、参加者全員に「あなたを祝福します」と目を見て笑顔で伝えよう、と目標が与えられ、参加者は、プールや川で遊びながら、また日除けテントの下や部屋でかき氷や会話を楽しみながら、互いに「◯◯兄弟(姉妹)、祝福します」と祝福し合って過ごしました。そうして、自分自身が神様によって祝福され、人を愛する思いで心が満たされ、守られることを体験しました。
 また早天では、心を注ぎ出す祈りを教えられました。罪の思いも、腹が立つことも、すべて神様に言うならば、心が修正されて行くこと、また、それを声に出して祈る大切さを教えられました。参加者は、緑あざやかなフィールドの、思い思いの場所に椅子を持って行き、心を注ぎ出して祈りました。
 いつも主に心を注ぎ出して祈るならば、キャンプの楽しさは一時的なものではなく、この楽しさがずっと続く人生を生きることができると教えられました。キャンプの恵みを主に感謝します。