週報(主の御手)LORD'S HANDS

週報(主の御手)
LORD'S HANDS

26.4.5 恵みを忘れるな


 
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2026.4.5 週報.pdf
 
「詩篇103:2 わがたましいよ 主をほめたたえよ。主が良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」
 

喉元過ぎれば熱さを忘れる

「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ということわざがあります。熱い飲み物などを口にするとき、「熱っ」と舌をやけどしそうになることがありますが、飲んでしまえば「あー、おいしかった」などと言って、大抵は最初に熱かったことなどすっかり忘れています。そのように、苦しい経験をしたことや、そのときに受けた恩も、その場を通り過ぎてしまえばすっかり忘れてしまうという、人間の浅はかさをあらわしたことわざです。そういえば、昨年の夏は、史上最高と言われた暑さの中、「暑い、暑い」と閉口していましたが、やがて長かった夏も終わり秋が訪れるにつれて、暑さに煩った記憶も薄れていき、寒い冬になるとすっかり忘れて過ごしていました。確かに人は忘れやすいものです。
 

計り知れない恵み

 聖書には、「主が良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」とあります。神様が私たちに良くしてくださった恵みは計り知れません。神様は人を愛して造ってくださり、生きるために必要なすべての環境やものを与えてくださいました。そして、生まれながらの罪人である人間が、自らの罪の罰のために滅びることのないように、イエス・キリストを人の罪の身代わりとして十字架につけてくださいました。イースター(復活祭)は主が十字架で死んでくださり、墓に葬られ、三日目に復活されて、私たち人間に永遠のいのちを得る道を備えてくださった恵みを祝うための大切な日です。
 人が一番ほしいものは、心の平安ではないでしょうか。主が復活してくださったので、信じる者は死の恐れから完全に解放され、この地上を平安のうちに歩むことができます。経済や人間関係の問題、病の苦しみの中にあっても、希望を失わないで生きられる恵みは計り知れません。
 

恵みを忘れるな

 ところで、聖書が「主が良くしてくださったことを何一つ忘れるな」と忠告するのは、冒頭のことわざもあらわしているように、人が忘れやすい弱さを持っているからではないでしょうか。私は最近、少し前の礼拝メッセージのメモを見返したときに、そのときに恵まれた気持ちや、「こうしよう」と決意した気持ちを忘れてしまっていることに気づき、「あんなに恵まれていたのに、本当にすぐに忘れてしまうものだ」と痛感させられたことがありました。みことばを思い起こし、もう一度祈って決意し直しました。
 モーセはイスラエルの民に「あなたの心が高ぶり、あなたの神、主を忘れることがないように。(申命記8:14)」と忠告しましたが、人は飢え渇いているときには必死に神に求めていても、一旦解決すれば、求める気持ちや感謝の気持ちを忘れてしまいがちな者ではないでしょうか。神様がどんなところから自分を救い出してくださり、この平安の恵みを与えてくださったのかをいつも思い起こさなければなりません。
 

恵みを言いあらわして祈ろう

 モーセは民に「あなたの神、主を心に据えなさい。(同18節)」と命じました。礼拝のメッセージや聖書のみことばから語られる教えや戒めを忘れないために、毎日の祈りの中で、いただいた恵みを言いあらわして祈りましょう。私たちの人生を平安で満ちたらせてくださる主を絶えずほめたたえ、感謝の祈りをささげて参りましょう。(鈴木千史)
 


                  

キッズセル交わり感謝

 先週の日曜日、キッズセルの交わりが第4教室でありました。賛美に始まり、昼食の交わりを楽しんだ後、サイコロを使ったゲーム形式の自己紹介、続いてビンゴ大会、まるばつクイズや聖書クイズが行われました。途中、牧師先生も来られ、お話とお祈りをしてくださいました。参加者は「ビンゴが楽しかった!」「賞品たくさんもらった!」などと声をはずませていました。リーダーの姉妹たちも、「最後のじゃんけんゲームが一番盛り上がりました」などと楽しそうに話していました。
 キッズセルは4月から、(進級進学によって)メンバーの構成が新しくなりました。それぞれのセルが祝福されて、子どもたちの信仰がさらに成長しますように、働きのためにお祈りください。

26.4.5 恵みを忘れるな
 


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2026.3.29 週報.pdf
 
「詩篇103:2 わがたましいよ 主をほめたたえよ。主が良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」
 

喉元過ぎれば熱さを忘れる

「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ということわざがあります。熱い飲み物などを口にするとき、「熱っ」と舌をやけどしそうになることがありますが、飲んでしまえば「あー、おいしかった」などと言って、大抵は最初に熱かったことなどすっかり忘れています。そのように、苦しい経験をしたことや、そのときに受けた恩も、その場を通り過ぎてしまえばすっかり忘れてしまうという、人間の浅はかさをあらわしたことわざです。そういえば、昨年の夏は、史上最高と言われた暑さの中、「暑い、暑い」と閉口していましたが、やがて長かった夏も終わり秋が訪れるにつれて、暑さに煩った記憶も薄れていき、寒い冬になるとすっかり忘れて過ごしていました。確かに人は忘れやすいものです。
 

計り知れない恵み

 聖書には、「主が良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」とあります。神様が私たちに良くしてくださった恵みは計り知れません。神様は人を愛して造ってくださり、生きるために必要なすべての環境やものを与えてくださいました。そして、生まれながらの罪人である人間が、自らの罪の罰のために滅びることのないように、イエス・キリストを人の罪の身代わりとして十字架につけてくださいました。イースター(復活祭)は主が十字架で死んでくださり、墓に葬られ、三日目に復活されて、私たち人間に永遠のいのちを得る道を備えてくださった恵みを祝うための大切な日です。
 人が一番ほしいものは、心の平安ではないでしょうか。主が復活してくださったので、信じる者は死の恐れから完全に解放され、この地上を平安のうちに歩むことができます。経済や人間関係の問題、病の苦しみの中にあっても、希望を失わないで生きられる恵みは計り知れません。
 

恵みを忘れるな

 ところで、聖書が「主が良くしてくださったことを何一つ忘れるな」と忠告するのは、冒頭のことわざもあらわしているように、人が忘れやすい弱さを持っているからではないでしょうか。私は最近、少し前の礼拝メッセージのメモを見返したときに、そのときに恵まれた気持ちや、「こうしよう」と決意した気持ちを忘れてしまっていることに気づき、「あんなに恵まれていたのに、本当にすぐに忘れてしまうものだ」と痛感させられたことがありました。みことばを思い起こし、もう一度祈って決意し直しました。
 モーセはイスラエルの民に「あなたの心が高ぶり、あなたの神、主を忘れることがないように。(申命記8:14)」と忠告しましたが、人は飢え渇いているときには必死に神に求めていても、一旦解決すれば、求める気持ちや感謝の気持ちを忘れてしまいがちな者ではないでしょうか。神様がどんなところから自分を救い出してくださり、この平安の恵みを与えてくださったのかをいつも思い起こさなければなりません。
 

恵みを言いあらわして祈ろう

 モーセは民に「あなたの神、主を心に据えなさい。(同18節)」と命じました。礼拝のメッセージや聖書のみことばから語られる教えや戒めを忘れないために、毎日の祈りの中で、いただいた恵みを言いあらわして祈りましょう。私たちの人生を平安で満ちたらせてくださる主を絶えずほめたたえ、感謝の祈りをささげて参りましょう。(鈴木千史)
 


                  

キッズセル交わり感謝

 先週の日曜日、キッズセルの交わりが第4教室でありました。賛美に始まり、昼食の交わりを楽しんだ後、サイコロを使ったゲーム形式の自己紹介、続いてビンゴ大会、まるばつクイズや聖書クイズが行われました。途中、牧師先生も来られ、お話とお祈りをしてくださいました。参加者は「ビンゴが楽しかった!」「賞品たくさんもらった!」などと声をはずませていました。リーダーの姉妹たちも、「最後のじゃんけんゲームが一番盛り上がりました」などと楽しそうに話していました。
 キッズセルは4月から、(進級進学によって)メンバーの構成が新しくなりました。それぞれのセルが祝福されて、子どもたちの信仰がさらに成長しますように、働きのためにお祈りください。